デス・オーバチュア
第279話(エピローグ8)「個別の七人〜前編〜」



大好きな大好きな、姉様。
幾たび生まれ変わろうと、あたしはあなたを愛するだろう。
例え、あなたが……をあたしから奪ったのだとしても……。
この想いは決して変わることはない。
未来永劫、不変の愛をあなたに……。



「……んっ……んん……重い……?」
重苦しさに目が覚めた。
「母様……」
「ママ……」
クリーシスとクリティケー、二人の『娘』があたしの胸の上で眠っている。
「あたしの胸は枕じゃないわよ……」
腕枕ならぬ胸枕? これじゃ身動き一つとれないじゃない?
「ん……母様ぁ〜」
「ちょっとクリーシス、変なところ触……んん……ぁ……」
「ママァァ〜」
「痛い痛い! 母乳なんて出ないからやめなさい、クリティケー……ぁぅぅ……噛んじゃ駄目ぇ〜!」
寝惚けているのか、クリーシスがいやらしく体を撫で回してきたかと思えば、クリティケーが赤ん坊のように乳首に食らいついてきた。
「ふふふっ、母様ったら敏感で可愛い〜♪」
「クリーシス、あなた起きて!? やああぁっ! 娘に犯されるううっっ!?」
「嫌ですね、母様、ただの親子のスキンシップ、愛情表現ですよ」
「こんなの親子の愛じゃない! それに、初めては海の見えるホテルで姉様と……」
「もう、母様駄目ですよ、実の姉妹でなんて歪んでます!」
「母親を襲う娘にだけは言われたくない!」
「……仰るとおりです、お嬢様……」
あたし達親子三人の誰のものでもない、冷たく澄んだ声。
「潰れなさい、この害虫共っ! 天誅!」
紫色のメイドのモップがクリーシスとクリティケー……そして、あたしの脳天へとまったく同時に叩き込まれた。



舞台は寝室から、朝の食卓へ。
「一振り三殺……神速のモップ術……腕を上げたわね、ファーシュ……」
ファーシュのモップの誤爆のお陰で、完全に目は覚めた。
まあ、一歩間違えば覚醒ではなく永眠するところだった気もするけどね……。
「申し訳ございません、お嬢様……この上はどんな処罰でも……」
心ならずも主を撲殺(死んでないけど)してしまったメイドは、畏まって主人であるあたしのお仕置きを待っている。
「気にしなくていいわよ、悪いのはあなたじゃないから……」
そう言って、あたしはミルクティーに口をつけた。
「まったく主に鉄槌を振り下ろすとは……恐ろしい侍女が居たものだな」
クリーシス……あたしの上の方の娘がストレートティーを口にしながら、侮蔑の眼差しをファーシュに向ける。
どうでもいいけど、この子、あたしに対する態度と、普段(あたし以外の全ての存在へ)の態度が露骨に違うのよね……言葉遣いからして最早別人の域よ……。
「勘違いしないでくださいね、クリーシス様……私の主はあくまでクロスティーナお嬢様だけ……前世の娘だか来世の娘だか知りませんが……あなたに謝罪するつもりは欠片もありません……この害虫が……」
ファーシュがクリーシスに侮蔑の眼差しを返す。
侮蔑の眼差しの冷たさはどちらも負けていなかった。
「ふん、機械侍女風情がよくぞ言った……」
クリーシスが握り締めた右拳が青く光り輝く。
「主に集る害虫を排除するのもまたメイドの努め……」
桜色のモップの先端が鉄槌……凶悪な凶器へと変わる。
「一撃で打ち砕く! 静月の……」
「今度こそ三発全てあなたの脳天に叩き込んで差し上げましょう……」
「ファースト!」
「天!」
「…………」
「クリティケー!?」
「害虫その弐!?」
二人の殺気が最高点に達しようとした瞬間、一人大人しくホットミルクを飲んでいたはずのクリティケー(あたしの下の娘)が間へと飛び込んだ。
「お姉ちゃん達うるさいの……」
二門の大筒の先端がそれぞれ、クリーシスとクリティケーの額に押しつけられる。
「落ち着いてミルクも飲めないの……」
「待て、早まるな、クリティケー!」
「おやめなさい、そんな危険な物を屋敷内で撃っては……」
「Bang!」
クリティケーは迷うことなく引き金を引き、大筒をぶっ放した。



別にこういった騒ぎは今朝に限ったことではない。
極東から帰ってきてからは殆ど毎日のこと……つまり日常茶飯事に成りつつあった。
最近見かけなくなった吸血鬼と阿呆鳥と入れ替わりのように、この屋敷に住み着いた『あたしの娘』達は、ファーシュと相性が悪い。
というか問題は、ファーシュがあの子達をあたしの娘と認知せず、外敵と認識していることだ。
そのため、何かある度に『駆除』しようとし、あの子達はあの子達で受けて立ち、今朝のような展開になるのである。
「まあ、どっちが悪いかと言えば、ファーシュというよりあの子達なんだけど……」
ファーシュの狭量よりも、あの子達の悪乗りがいけないのだ。
特にクリーシスのあたしに対する行為が問題である。
「あれではまるで……うぅっ!?」
ルーファスの屋敷の庭に足を踏み入れた瞬間、『空気』が一変した。
「ちょっと……何この瘴気?……魔力?……」
あまりにも濃厚で強烈な空気(刺激)に吐き気と頭痛を覚える。
この地に、何かとんでもないモノが居る……それも複数だ。
「魔力だか瘴気だかとにかく毒素が強すぎる……いつからウチの隣は魔界になったのよ……いや、魔界と言うより……」
「…………」
「うっ!?」
いきなり現れた青い何かが、あたしの胸に飛び込んでくる。
「冷たぁぁっ!」
何をかけられたのか判断するよりも早く、あたしはあまりの冷たさに叫んでいた。
「…………」
「……氷?……青い髪の女の子……?」
あたしの胸に付着しているのは氷水、あたしにぶつかってきたのは十三歳ぐらいの女の子。
「氷からするこの匂い……牛乳? ミルク?」
「……かき氷……」
女の子が初めて声を発した。
「かき氷!?」
なんとなく状況が解ってくる。
つまり、女の子の持っていた練乳のかき氷が、ぶつかった拍子にあたしの胸にベチャッと……。
「かき氷……」
女の子が血のように赤い瞳で、恨めしそうにあたしを見つめてきた。
「うっ……」
その眼差しに威圧されながら、あたしは確信する。
この地を支配蹂躙する魔力瘴気の発生源の一つは間違いなく、この青い髪の女の子だと……。
「……かき氷……」
青髪のボブカット、鮮血の瞳、全身を覆う黒いワンピース。
袖と裾がふわりと拡がった黒のワンピースは、正十字架の飾られた赤いネクタイと青糸の刺繍によって彩られていた。
「ご……ごめんね……新しいかき氷買ってあげ……て、普通こんな季節に売ってないいいぃぃぃっ!?」
「ううう〜……」
「ちょっと泣いちゃ駄目よ……ていうか、何その魔力と殺気の膨張!?」
最初からあたしを遙かに凌駕していた魔力が、女の子の感情の高まりに同調するようにして何百倍にも膨れあがっていく。
「地上ごとあたしを消す気!?」
「……消えちゃ……」
「はい、そこまでっ!」
魔力が解放されようとした瞬間、黒い刃がツッコミのように女の子の脳天に叩きつけられた。
「……い……痛い……」
女の子は両手で脳天を押さえてしゃがみ込む。
いや、普通痛いだけじゃ済まないというか、真っ二つになってるわよ……。
「かき氷一つのことで島一つ吹き飛ばしちゃ駄目でしょう」
女の子の背後には、あたしと同じ年か、少し年上に見える少女が立っていた。
これ以上なく人間離れした美貌の少女。
髪は白金(プラチナ)のストレートロング、瞳は紫水晶(アメシスト)、肌は色素の薄い蒼白、無駄のない芸術品のような理想的プロポーションの裸体……完全なる美の具現がそこにはあった。
纏う衣装は白と黒の絶妙のコントランス。
白ブラウスの胸元に逆十字の飾られた黒いネクタイを下げ、乳房の下から腰までを黒のコルセットで締め付けていた。
足首までを覆い隠す漆黒のロングスカートの上に、純白の前開きのオーバースカートを重ねている。
光り輝く白金の髪は腰まであり、頭の頂点より少し前よりに細い黒リボンが蝶結びにされていた。
この衣装……いや、彼女を一言で例えるなら、黒(闇)によってより一層美しさを際立たせた白(光)。
白煌(はっこう)の天使だ。
「……かき氷……ううぅ……」
「はいはい、私の少し分けてあげるから泣かないの」
「緑茶は嫌……ミルクがいい……」
「我が儘な子ね……」
そう、さっきわざと描写しなかった、見なかったことにしたかった部分がある、それは彼女の右手。
神々しい美の化身の右手には、緑色のシロップと小豆の載ったかき氷があった。
凄いアンバランスというか、ミスマッチよね……。
まあ別に、天使だって女神様だって、宇治金時食べちゃ駄目って決まりはないけど……大地の女神(あたし)だってお茶は好きだし……。
そうだ、今度かき氷にミルクティーでもかけてみようかな?
「で、そこの人の子……じゃなくて地母神?」
白煌の天使が青髪の女の子をあやしながら、あたしに声をかけてきた。
「えっ、地母神? あたしのこと?」
「貴方以外にここに神族なんていないでしょう?」
「…………」
確かに、あなた達は神族じゃないだろうしね。
「まあそれはともかく、『妹』が迷惑をかけたわね。許してやってね、見た目以上に中身が子供なのよ、この子」
「…………」
青髪の女の子は無表情でジィィィッとあたしを見つめてくる……赤い瞳にはもう殺意は宿っていなかった。
「……かき氷……」
数秒後、プイッとあたしから顔を背けると、『姉』にただ一言そう告げる。
「はいはい、新しいの貰ってきてあげるから……じゃあ、そういうことで」
白煌の天使は、妹に優しい眼差しを向けたかと思うと、あたしに別れを告げた。
「あ……ちょっと待ちなさいよ!」
「……まだ何か? クリーニング代の請求?」
「別にそんなセコイこと言わないわよ……」
「じゃあ、何かしら?」
ん〜、なんで呼び止めちゃったんだろう、あたし?
ついこのまま別れたくなかったと……?
「えっと……じゃあ、名前?」
「あらあら、無理に用件を作らなくてもいいのに……」
あたしの発言がおかしかったのか、白煌の天使はクスクスと笑う。
「そうね……じゃあ、私はファースト、この子はセブン……とでも名乗っておきましょう」
「名乗っておきましょうって……それに1と7?」
まず間違いなく偽名だ。
いや、別に本当の名前教えてくれなくてもいいけど……もう少し捻った偽名をつけたら?
「呼称ならそれで充分でしょう? では、また会いましょう、仮初めの主の妹君……」
「仮初めの主……それって……!?」
白煌の天使(ファースト)は青髪の女の子(セブン)を抱き寄せると、黄金の閃光を放ってあたしの前から消え失せた。













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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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